Migdal Bavel

朽ち果てたバベルの塔。頂上は見えない。■■■TW5にて活動中のノエル・カンパネルラ(e20841)に関する雑記。

【アレッサとノエル】

#2

 

 アレッサの家系は、代々サキュバスの系譜だった。

それを特別であると感じたことはなかったが、

自分がサキュバスという種族に根本から向いていない性質である

ということは、心の底でうすうす思っていた。

 

まず、快楽エネルギーを定期的に得なければならないというサイクル。

サキュバスとしての根源的なエネルギーの摂取に

アレッサは抵抗を感じていた。

まるで、恋愛ごとを義務化させられているかのような違和感を覚える。

だが、種族の本質上、得ないわけにもいかない。

 

――どうせなら、本当に好きな人から貰いたいのに。

そんな、青臭いことを考える日々が続く。

 

「アレッサ、あの本読んだ?」

下校途中、ノエルがいつもの抑揚のないトーンでアレッサに話しかけた。

「大聖堂の鐘?」

「うん」

ノエルは、幼馴染だった。

ふわふわとした毛並み、極めて穏やかで読書好き。

付き合いの長いアレッサでさえ時々忘れそうになるが、

気高い狼のウェアライダーだ。決して犬ではない。

家が近所で親同士も仲が良く、

物心がついた頃から、一緒にいることが多かった。

今まで、異性として意識したことはない。

年頃の男女の複雑な関係性はなく、

単純にノエルの隣は居心地が良いのだ。

アレッサは、先日に借りた絵本の内容を思い出す。

「絵が綺麗だった。あとは……ううん」

「たまには絵本もいいだろ。大人にも結構読まれてるらしいよ」

「良い話だとは思うんだけど」

「微妙だった?」

ノエルが、残念そうな目を向ける。

違う、そうじゃなくて……。

こんなこと、訝しがられるだけかもしれないが

一人で胸にしまい続けるのも、心苦しかった。

「変な夢見るの」

「え?」

「あの本読むと」

ひたすらに暗く、どこを見渡しても深い闇が広がるばかり。

歩いても闇は広がるばかり。

そして、誰かに追われる。

とても気分が良いとは言い難い夢だ。

ノエルは「ふうん」と、自分なりに夢を頭で再生しながら聞いていた。

「何か悩みでもあるの?」

そう言われて、少し考えてみる。

自分がサキュバスであること以外、特に思い付きはしなかった。

何て根が深い悩みだろう。

 

「ねえ、良かったら週末出掛けようよ」

お互い家が近付き、別れを告げようとしたとき、ノエルが切り出した。

いつものように「じゃあね」と、玄関のドアを開けようとしていた

アレッサは振り返り、きょとんとした顔を見せる。

「……いいけど、どうしたの?」

「決まりだね。じゃあ、土曜にでも。また連絡するから」

「う、うん」

彼にしては努めて明るく、弾みのある声だった。

もしかして、気を遣ってくれているのだろうか。

ノエルは、他人の機微によく気が付く。

本が好きなだけあって、感受性が強いのかもしれない。

そんな彼の性格は、嫌いじゃない。

「お姉ちゃん、おかえり!」

「ただいま、ジーン」

階段を上がるアレッサの足取りは、いつもより軽やかだった。